えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

本業中

さっさと「脂肪の塊」に突入して、70年代モーパッサンにけりを
つけようと思っていたのだけれど、やっぱり『女の一生』初稿は
避けて通れない、ということが分かって四苦八苦。
おそらく今も所在不明の「古原稿」こと "Vieux Manuscrit" は、
1920年に収集家 Louis Barthou が『両世界評論』に一部を紹介して以来、
はや80年以上、行方知れずのもの。114枚の原稿というので、これが
今出たら、えーと、1万ユーロはくだるまい。10万までいったらのけぞるが、
さすがにそこまではいくまいなあ。しかし本当にこの世のどこかに存在して
いるのだろうか。
仕方ないので、わかっている部分だけから判断するよりないのであるが、
これがまたむつかしい。
既に1954年にアンドレ・ヴィアル(モーパッサン研究家にとって大明神みたいな人)は
これを徹底的にやって、1881年の推敲の時点でモーパッサンが何をしたのか、
作家としての彼の技量の驚くばかりの成熟がどれほどのものかを洗い出している。
それに異論はまったくないのであるが、バルトゥーの掲載した部分が、すべて
完成稿から削除された部分に限られている以上、「何故捨てたか」というのを
推測して跡付けるのは、そんなに難しいことではない。
目下私が知りたいのは、78年時点で長編小説家モーパッサンはどこまで
出来あがっていたか、ということであって、これにはやはり資料が欠落している
と嘆かざるをえないのか。
なんにしても、「脂肪の塊」を準備したのは実は詩作であり劇作だった
というのが私の論の特異な点であるのだが、それはそれとしても、
部分的にであれ『女の一生』のほうが「脂肪の塊」より先だった、という事実は、
要するにモーパッサンは短編作家になるよりずっと、長編作家として華々しく
デビューしたかったのである。フロベールがそうであったように。
そうですね、ギ・ド・モーパッサンさん?
きっとそうだったと、答えてくれると思うんだけどなあ。