「メゾン・テリエ」の中で、列車の中で女達は農民の夫婦と一緒になり、
そこに軽薄な小間物商の男が乗ってきて大騒ぎになる場面があるのだけれど、
そこに出てくる家鴨の話。
そういえば、モーパッサンに出てくる「カナール」はカモかアヒルか調べた方もおられた
ような記憶があるが、ご苦労なことであった。
この場合はアヒルと考えて間違いあるまいや。
男はアヒルの顎をくすぐりながら、こんな台詞を言って笑わせる。
まず原文。
Nous avons quitté notre petite ma-mare ! couen ! couen ! couen ! - pour faire connaissance avec la petite bro-broche, - couen ! couen ! couen !
(Maupassant, La Maison Tellier, Gallimard, coll. "folio classique", 1995, p. 41.)
なるほど、フランスではアヒルは「くあん」と鳴くのであるか。
と分かるのであるが、さてこれをいかに訳すべきなのか。
と思って翻訳を探すと、意外に「メゾン・テリエ」の翻訳を持っていないことに気づく。
とりあえず二例。
あたちたち、ちっちゃな、お池とお別れして来まちたの! グワ! グワ! グワ! ――小っちゃな金串とお近づきになるために――グワ! グワ! グワ!
(モーパッサン、『脂肪の塊・テリエ館』、青柳瑞穂訳、新潮文庫、1951年(1994年61刷)、85頁)
あたしたちは小さなお池と別れて来ました、クワン! クワン! クワン! 小さな鉄串とお近づきになるために、クワン! クワン! クワン!。
(モーパッサン、『メゾン テリエ 他三篇』、河盛好蔵訳、岩波文庫、1940年(2000年22刷)、22頁)
ポイントは、両者ともアヒルを雌としているところですか。なぜでしょうか。
ところで、フランス語でカモが鳴くのは動詞が cancaner, caqueterで
名詞はcancan, caquet, caquetage というところらしいので、
一般的に couen と鳴くのかどうかの判別も実はむつかしい。
それはともかく、もう一例発見。
わたしたちは小さいお池を出てきたんですよ。がア!がア!……小さい鐡串とお知合にならうつてえんでね。がア!――がア!――がア――!
(モーパッサン、「テリエ夫人の家」、『白亜の家の女』所収、平野威馬雄訳、翰林社、1946年、280頁)
こちらでは「ガー」と鳴いている。
(ついでに言うと、英訳では "qu-ack !" と鳴いている。)
そのまま音を取るか、日本風にするかはむつかしいところであるけれど、
この場合は、私としては続きに注意したい。
Les malheurses bêtes tournaient le cou afin d'éviter les caresses, faisaient des efforts affreux pour sortir de leur prison d'osier ; puis soudain toutes trois ensemble poussèrent un lamentable cri de détresse : - Couen ! couen ! couen ! couen ! -Alors ce fut une explosion de rires parmi les femmes.
(Ibid.)
こちらは一例だけ翻訳を挙げる。
可哀そうな鳥たちはこの愛撫を避けようと首をくるくる回し、柳の牢獄を出ようと必死にもがくのだったが、やがて、突然、三和とも一斉に悲鳴をあげて、「グワ! グワ! グワ! グワ!」どっと笑いが女たちの間で爆発した。
(青柳瑞穂訳、同前)
私としては、「哀れな悲嘆の叫び声」としては「グワ」とか「ガー」よりも
「クアン」のほうが似つかわしのではないか、という気がするのですが、
これはまあ個人の感じ方次第かもしれない。
というわけで、先人のお仕事に敬意を表した上で、拙訳もしてみます。
別に根拠もないけど、せっかくなので雄にして。
「僕たちはちっちゃな、お、お池と別れてきたの! くあーん! くあーん! くあーん!――ちっちゃな、お、お串とお知り合いになるために――くあーん! くあーん! くあーん!」――不幸な動物達は首を回して愛撫を避けようとし、柳で出来た牢獄から逃れようと無残な努力をしていた。それから突然に、三羽そろって哀れな悲痛の叫び声をあげた。――くあーん! くあーん! くあーん! くあーん!――女たちの間で笑い声が弾けた。
(えとるた)