えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

苦悩

デュラスのLa Douleur『苦悩』は作品集だけれど、最初の「苦悩」だけをとりあえず読む。
実際のところは、夫の帰還後に書かれたもののようなので、
回想の時点で多かれ少なかれ物語化が起こっているのは確かなのだろう。
待つとはいつでも辛いものだけれども、
相手が生きているか死んでいるかも分からない、
もう死んで何日にもなるかもしれないし、今まさに死にゆくところかもしれない状況において、
待ちつづけることは、いかにも想像を絶するようなことに違いない。
しかし戦争の時代には、そういうことはたくさんあった。
まさしく身も心もぼろぼろになって待つデュラスのところへ、
文字通り瀕死の姿で夫が帰って来る。
長い看病の後でようやく彼は健康を取り戻すが、
その彼に向って、妻は離婚したいと告げるのである。

 Les forces sont revenues encore davantage. Un autre jour je lui ai dit qu'il nous fallait divorcer, que je voulais un enfant de D., que c'était à cause du nom que cet enfant porterait. Il m'a demandé s'il était possible qu'un jour on se retrouve. J'ai dit que non, que je n'avais pas changé d'avis depuis deux ans, depuis que j'avais rencontré D. Je lui ai dit que même si D. n'existait pas, je n'aurais pas vécu de nouveaux avec lui. Il ne m'a pas demandé les raisons que j'avais de partir, je ne les lui ai pas données.
(Marguerite Duras, La Douleur, Gallimard, coll. "folio", 1985, p. 80.)

「力はさらに一層に戻ってきた。また別の日、私は彼に言った。私たちは離婚する必要があるの、Dとの間に子供が欲しいし、その子が持つことになる名前が原因なの、と。彼は私に尋ねた。いつか元に戻ることはできるだろうかと。私は答えた。いいえ、私は二年前、Dに会ったときから考えを変えていないの、と。私は彼に告げた。もしDが存在しないとしても、もう一度彼と一緒に生きることはなかっただろうと。私が出発しなければならない理由を、彼は尋ねなかったので、私も彼に教えはしなかった。」マルグリット・デュラス、『苦悩』(拙訳)
(伝記的に言えば、夫はロベール・アンテルム、愛人Dはディオニス・マスコロ)
それじゃあ夫の安否にあれほど苦悩したのは何だったのか、と瞬発的に言いたくもなるけれど、
しかし、彼女が死ぬほどに苦しんだことは、それはそれとしてまた真実であるのだろう。
いずれにせよ、戦争がもたらした苦しみの記録として、力強く訴えて来る作品でした。
予習完了。