えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

平野威馬雄の「祈り」

祈り……モオパッサンへ



頭髪よ
重き憂の鼓動に泳ぎ
靈の舗道に笑ふ頭髪よ


汝は温かき陽の唄ふ時に、
樂園の色を、透明に映し
年若き狂人を喜ばしめ、


冷たき午後の陽差しうなだれ歩む時に、
枯れ朽ち乾くが如き音にて、
さらさらと動く。


而して、青き頭髪よ! 一房の頭髪よ!
汝が硝子の街角に惱む時こそ、
忌はしき、あらそひの、行はるゝ幕明きなり。


あゝ、大鳥の如き頭髪よ!
若き狂人は、汝が膝に笑ふ、
赤き狂人の笑ひは頭髪を潤す。……
(『モオパッサン選集』平野威馬雄譯、新潮文庫、1934年、4頁。)