えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

後日の話

河野多恵子『後日の話』文春文庫、2002年。
4冊目ともなれば河野作品についてのイメージもなんとなく出来てくるものだけれど、
しかしなかなか焦点が定まってこないのである。「解説」に川上弘美の言う通り、
なにかが「ズレている」のは分かる。でも何がどうズレているかはなかなか言葉にならない。
そもそも「後日」の話という題からしてズレている。17世紀トスカーナ地方の裕福な商人の
娘エレナ。結婚して2年で夫のジャコモは殺人を犯して死刑になり、最後の面会でエレナの
鼻を食いちぎる。その「後日」の話であるのだけれど、例によってなんでもないような日常の
一こま一こまが切り取られていく内に、十数年が経つ。エレナのジャコモに対する思いはなんだか
普通じゃないのだけれど、その方向へ進むわけでもなく、彼女自身が処刑されたいと
思い込むあたりも普通ではないながら、しかし最後はどうなるのかは分からないまま、幕は
閉じられるのだ。うーむ。不思議だ。すべてはくっきりしているのに、しかし不透明で奥は見通せない。
そういう風に書く人。でてくるいろんなディテールに一貫した意味を持たせるようなフィクションの
常道が避けられているのだろうか。そうかもしれない。
たとえば食いちぎられた鼻について、多くの作家ならもっとそこに拘ると思うのだけれど、
河野多恵子は拘ってるのかそうでもないのか、どっちなんだかよく分からない。もちろんのこと
「後日の話」を決定づけている最重要ファクターであるにもかかわらず。
つまるところなんだかよく分からないものほど後になってじわじわ効いてくるものだ。
そういうわけで
なんとなく鼻の気になる秋の夜
ということなのであった。