えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

検閲のはなし

いつかどこかで買った本
モーパッサン『一夜』、川口彰一訳、文園書院、1946年
をふらっと眺める。すると「淪落の女」という話の途中、娘が村を飛び出してルーアンまで
歩いて行く途中で憲兵隊に会い、声をかけられた場面のこと、「年配の憲兵」が

『ねえ、娘さん。どこか草の上で一服(ひとやすみ)して行かうぢやないか。』といひました。
で、妾も何気なく、
『えゝ好うござんすわ』と應へますと、彼は馬から下りて、それを相棒の若い憲兵に預けるや、妾を引張つて林の奥へと這入つてゆきました。


 ほんとにもう、口惜しいやら恥ずかしいやらで、妾は泣き出し度くなるやうな気持でした。しかし結局は男たちの云ひなりにならないわけには行かなかつたんですの。(37-38ページ)

となんだか不自然な空白のあることに気づく。
で、他にも変な箇所が見られるところから鑑みるに、
これは版組みした後で(印刷前に)ここだけ削ったらしい、と想像される。
これは要するに出版前に検閲があったということなんでしょうか。事情に疎くて
よく分かりませんが、多分そういうことなんでしょう。
件のお話は「流れながれて」と訳されたL'Odyssée d'une fille (1883)
であるけれど、ものの流れで春陽堂版、桜井成夫訳で消された分を引用(私が検閲してもしょうないから)。

 こうなっちゃあ、いまさらいやだなんていえたもんじゃないわ。こんな場合、あんただったらどうする? そいつったら、したいほうだいのことをやってのけたあげくに、『相棒のことも考えてやらなくちゃならんて』なんていってね、自分が馬の番をしにひっかえしていき、そのあいだに、その相棒が、こっちへやってきたじゃないの。(2巻694ページ)

なるほどなるほど。
ま、検閲って他愛のないもんだ。という話にしておこう。