えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

仕事はめぐる

巡り巡って、なぜか私のところにやってきたお仕事で、
池田晶子さんについて記述を試みる。粗相のないのを祈る。


竜之介さんコメントどうもありがとうございました。
大丈夫、ちゃんと分かるようにできているのがはてなダイアリーではあります。
『パリ人の日曜日』などの渋めの作品までお好きとは、なかなかの通ですねえ。嬉しくなります。
モーパッサンの「幻想小説」は、本当に独特のものがありますよね。
「オルラ」と「ジュール伯父さん」と「宝石」を同じ人が書いている、というのが驚きで、
私自身は「幻想小説」に深く入れあげる、というところから始めたのだけれど、
ずっと読んでいると、「幻想小説」とその他の作品がちゃんと繋がっている、ということが
自分ではよく納得できて、今度は多面的で多様なモーパッサンの全体像を、
自分なりに捉えてみたい、と思うようになって、今に至っています。
それはそうと、
モーパッサンと同時期にヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』があって、
これまたよく分からない作品なんだけど、「オルラ」などと比較されたりもする。
一方で、モーパッサン幻想小説の先輩として必ず名を挙げるのが、
エドガー・ポーとホフマン。モーパッサンの短編「痙攣」はポーの「早すぎた埋葬」そのままで、
怪奇趣味には確かに通じるところがあるのかもしれない。
どちらも大変面白いので、機会があればぜひお読みになって、比較してみるのも
興味深いかもしれません。
ゴーゴリの「狂人日記」も、もしかするとモーパッサンは読んでいたかなあ。あれは傑作。


モーパッサンの作品に実は一人称回想形式のものがすごく多い、というのは重要な指摘ですね。
モーパッサン式」語りの典型として、20世紀にはいささか揶揄的に語られもしたのだけれど。
三人称であくまで没主観的に物語る一方で、彼が一人称を多用したのは、
単にヴァリエーションの配慮というだけのことではなくて、
語る言葉が、語る人そのものについてこそ雄弁に語る、ということを彼はよく理解していただろう。
(すべての一人称語りにそれが言えるわけではないとしても。)
モーパッサンの最も有名な言葉に「芸術は個人的世界観の表明」である、というのがあって、
これは彼が、人は「客観的」に、全知全能の神の如くにすべてを余さず語ることなどできない
ということを肝に銘じていたということを意味しよう。
どれだけ客観的・没主観的に語ろうとも、主観を免れることなどできない。
そこには、合理主義と科学信奉に基づく19世紀的小説の言説への批判があるのであって、
端的にいえば、三人称の言説は「嘘くさい」という感覚が、彼にはあったはずだ。だから、
20世紀に入ってプルーストセリーヌにはじまる一人称小説の隆盛の先駆けと呼べるものは、
確かにモーパッサンの内にも見てとれるのだ、というのが私の個人的な見立て。
残念ながら、モーパッサンは一人称で長編を書くことはなかったのだけれども。


モーパッサンの中短編が優れているのは、これは多くの人も認めているところだけども、
ぜひ一歩進んで長編にも挑戦してみてほしいと思います。
女の一生』『ベラミ』『モントリオル』『ピエールとジャン』『死の如く強し』そして『われらの心』。
最後二作は上流社交界心理小説。『ピエールとジャン』はその先駆けにして母子の関係を
一直線にストレートに語っているので、長さ的にも読みやすい作品。
『モントリオル』が個人的には一押しで、温泉場での開発をめぐる駆け引きを背景に、
ヒロインの恋とその終わり、そして自立への目覚めを語って秀逸です。
『ベラミ』はまさしく、自分の物語に耽溺しないモーパッサンの冷静さが抜群に発揮された
極めてシニカルな作品。アンチ・ヒーローの代表デュロワ君の成り上がり一代記に喝采がおくれるなら
(というのは、まじめすぎる人が読むと憤慨しますからね、きっと)
真のモーパッサン通だと太鼓判がおせましょう。
長編第一作『女の一生』は日本でもモーパッサンの代表作として名高いもので、
モーパッサンは原題「ある一生」に副題「ささやかな真実」とつけた。
およそ「ある一生」を語らない小説などない中で、堂々とこの題をつけてしまう
モーパッサンの大胆さ。しかも実際は「一生」を語っていないとはこれいかに。
若き日の希望がことごとく裏切られ、失望と幻滅のうちに生きるジャンヌの生涯は
確かに、女性の社会的位置が大きく変わった今日の若い人には馴染みのない部分があるかも
しれないのだけれど、しかし、ジャンヌという人物に凝縮して語られる作者の世界観に、
現実から目を逸らさない、リアリスト、モーパッサンの強い精神を、私としては見たい。
中短編が短い頁数の中に凝縮して出来事を語るのに対し、
いずれの長編においてもモーパッサンが取り上げているのが、時の移り変わりというテーマ。
幸福な時も、不幸な時も、必ず流れて人生は移り変わる。
当たり前といえばあまりに当たり前なその人間的真実を、
長い時間にわたる物語の中でこそ、モーパッサンは鮮やかに描いてみせるのです。


以上で宣伝文句終了。読書欲を少しでもそそることができていれば嬉しいのだけれど。
もし興味がおありなら「モーパッサンを巡って」にいろんなこと記してますので、
こちらもご利用いただければと。これまた宣伝でなんですけど。
ではでは、これからもどうぞよい読書を。
今後もご贔屓頂ければ、嬉しく思います。再見。