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えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

BD『神様降臨』/ジュリアン・ドレ「湖」

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 翻訳BDの中で、ニコラ・ド・クレシーに次いで名を挙げたいのは、マルク=アントワーヌ・マチューである。彼の作品でこれまでに翻訳されたものとしては、まず、これもルーヴル美術館BDプロジェクトの一環を成している

レヴォリュ美術館の地下 ある専門家の日記より』、大西愛子訳、小池寿子監修、小学館集英社プロダクション、2011年

の衒学的にして幻惑的なルーヴル迷宮彷徨があり、次に、わずか3秒間の出来事を連続コマ送りの画面で語り切るという、刺激的な実験作

『3秒』、原正人訳、河出書房新社、2012年

そして、ここに取り上げる

『神様降臨』、古永真一訳、河出書房新社、2013年

がある。いずれも白黒の画面であり、描線はきっちりと描かれているので見やすく、とりわけ黒色が印象的な画風となっている。

 さて『神様降臨』であるが、これは文字通りに現代世界に「神」を名乗る男が出現するという物語である。この神を自称する白髪と長い髭の男は、当然最初は疑いの目で見られるのだが、現代科学の最先端の難問を解くという「奇跡」を行ってみせることで、信憑性を高めてゆく。さて、現代社会において人々が神の降臨を信じた時、いったい何が起こるのか?

 人々はこの世のすべての元凶が彼にあることに憤って、神を裁判にかける――。それが、著者の出した傑作な回答なのである。それは荒唐無稽なようでもあり、なるほどと納得させられるようでもあり、冗談と真面目との絶妙なバランスこそがこの著者の真骨頂と言えるだろう。裁判の過程では神学的・哲学的な議論が展開され、そこにはこっそりと文人・思想家の引用がちりばめられているのだが、衒学趣味と滑稽な笑劇とが分かち難く結び合って、見事に独特の世界を作り出している。人間対神の論争は、いったいいかなる結末を迎えるのか?

 とことん人を煙に巻くような仕掛けやひねりが随所に効いていて、一読後の印象はまさしく狐につままれたようなという感じであるが、その感じが尾を引いて、もう一度頭から読み返したくなるに違いない。その点は『レヴォリュ』や『3秒』にも共通すると言えるだろう。マルク=アントワーヌ・マチュー、その独特の味わいは癖になる。

 ペダンチックで皮肉に富んだ彼の不思議に魅惑的な世界を、ぜひ一度堪能してもらいたいと思う。

 

 今年の1月に、Julien Doré ジュリアン・ドレの初の日本版CD『&~愛の絆~』が発売された。

 正直に言って私はとくに興味を持っていなかったし、一聴した時には「これで売れるのはなんかずるくないか」と偏見に満ちたことを思い、さらにボーナス・トラックの日本語版「ラ・ジャヴァネーズ」のPVを最初に見た時には仰天した。

youtu.be

 しかしながら、繰り返し聴いて馴染んでくると、なかなかどうしていい感じではあるまいか(我ながら単純ではある)、ジュリアン・ドレ。たいへん情感に富んだメロディーを書ける人だと思う。「湖」"Le Lac"は、ラマルチーヌとは関係ないか。

www.youtube.com

T'aimer sur les bords du lac
Ton cœur sur mon corps qui respire
Pourvu que les hommes nous regardent
Amoureux de l'ombre et du pire
("Le Lac")
 
湖のほとりで きみを愛すること
呼吸する僕の身体の上には きみのハート
二人のことを 眺めている人がいる限り
暗がりで 最悪の事態で愛し合う恋人たち
(「湖」、大野修平訳)