えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『ジーキル博士とハイド氏』/ZAZ「パリはいつもパリ」

『ジーキル博士とハイド氏』

 『宝島』を読んだら、『ジーキル』に行くのはもう避けられないと言うべきか。

 スティーヴンスン『ジーキル博士とハイド氏』、村上博基訳、光文社古典新訳文庫、2009年

は、なにしろ有名な作品だ。二重人格という主題は、それだけ人を惹きつけるものがあるのだろう。人間は自分の自由や欲望を制限するのと引き換えにして、社会生活を営んでいる、というのが近代的な人間観であるとすれば、程度の差こそあれ、我々は誰しも自らの欲望の発露に制限をかけている、と考えられる(事実かどうかはともかく、我々は自然とそのように考える傾向にある)。だとすれば、もしも欲望を無制限に解放したら、という夢想は、我々を魅了してやまないだろう。そのような我々の秘めたる願望に形を与えたからこそ、この作品は古典の地位を占めるに至ったに違いない。

 ところで、ハイド氏が何かということは、作品の中で明確に述べられている。

以後わたしがエドワード・ハイドの容姿になると、そばにくる人で、のっけから本能的おびえを見せぬ人はひとりもいなかった。思うにそれは、われわれが日常出会う人間は皆、善と悪の複合体であるのにひきかえ、エドワード・ハイドは人類にひとりしかいない、混じりけなしの純粋な悪だったからだ。

(『ジーキル博士とハイド氏』、110頁)

 「純粋な悪」というのは、いかにも怪しい魅力を放つ言葉ではあるまいか。そこには想像力を刺激する何かが確かに存在する。

 とはいえ、この作品、今読むと多くの人は拍子抜けするのではないだろうか。なにしろ肝心のハイド氏が具体的にやってのけるのは、1)通りでぶつかった少女を「平然と踏んづけ、泣き叫ぶのを路上にのこして立ち去った」(13頁)。2)道を聞いてきたと思しい老人に対し、なぜか激情し、「狂暴な猿のように怒り狂って、倒れた相手を踏みつけ、怒濤の打擲を加えた」(41頁)の、2つだけしかないのである。ハイド氏が夜な夜な他に何をしていたか、具体的には語られない。確かに殺人は犯しているのだけれど、「純粋な悪」というにはいささか単純すぎ、インパクトに欠けるだろう。

 原著刊行は1886年。さすがはヴィクトリア朝のイギリスと言うべきか。この(上品な)時代にあっては、暴力や性についてあからさまに描くことは許されない、というか暗黙のお約束で、考えもできないことだったのであり、それが、スティーヴンスンの描写がごく控えめなものに留まっている大きな理由だろう(これがフランスだったら、もっとどぎつくなった可能性は大いにある)。いずれにせよ、レクター博士みたいな凄い「悪」をたくさん知っている後世の我々にとっては、この点で刺激が足りなく感じるのは致し方ないだろうか。

 ここで話はかわるが、『ジーキル』の刊行は1886年である。ふむ。ということは、モーパッサンの「オルラ」(初出の短編版)と同年である(決定版は翌87年)。ここにもう一つ、同じ86年に発表された作品として、ヴィリエ・ド・リラダン未来のイヴ』を並べてみたらどうだろう、というのが、実は、本日の私の主題なのだ。この三作品を、科学的発想に基づいているという観点から括れるのではないか、という風に思うのである。

 確かに、「オルラ」自体は別に科学によって「発明」されるわけではない。しかし、それは「発見」され、実験によって存在が「証明」される(と語り手は信じる)ところの、「進化」によって登場した「新種」である。この点で、科学的世界観の上に立って空想されたものである、ということが出来る。一方、ジーキル博士は人間の精神を善悪の二種に分類できることを発見し、実験によってそれを現実のものとする。エジソンは人造人間を発明することで、理想の女性をこの世に実現せんと目論見る。もちろん、「科学」といっても、それは現実に科学的根拠を持つものであるわけではないのだけれど、この三作品の着想のもとには、「科学が人間に新しい知をもたらす」という理念が存在し、その前提の上で空想を進めることによって作品が構成されている、と言うことができるだろう。

 19世紀においては、一般的には科学は進歩と結びつき、肯定的なイメージを伴うものであった。なにしろそのお蔭で生活はリアルに日々改善していたのである。ロンドンの町はすでにスモッグで覆われていたかもしれないが、公害もまだ深刻化しておらず、科学は人間の可能性への期待と明るい未来を約束するものであったはずだ。

 だが一方で、科学がもたらす未知なる未来は、人に不安を与えることにもなる。科学が我々に何をもたらすのか、我々は前もって正確に知ることはできないのだ(そのことは今もまったく変わらない)。芸術表象においては、科学的想像力がネガティブな方向に展開することで、潜在的な不安に形象を与えるということもありえる。86年登場の三作品は、そのような形での空想の発露として、なんらかの共通点を持っているように感じられるのである。

 もちろん、科学的想像力という点では、なんといってもメアリー・シェリー(1797-1851)の『フランケンシュタイン』が際立っており、しかもこの作品は1818年に刊行されているのだから、ことさらに世紀末において新しい事象だったと考える理由はないのかもしれない。さらに言えば、もちろんフランスにはジュール・ヴェルヌ(1828-1905)という巨人がおり、60年代から元祖SFと呼ぶべき作品を次々に発表しているのである。この先行事例と、奇しくも86年に発表された三作品との間に、何か決定的な相違があるかと言われれば、それに肯定的に答えることは、今のところ正直、難しい。

 なので、これはまだほんの思いつきに過ぎないのだけれど、しかし偶然とはいえ、空想科科学小説の原型とも呼ぶべき三作品が、同じ1886年に世に出たという事実は、19世紀末における「科学的想像力」のありようを考えなおす、一つのきっかけになるのではないか。と、そんなことを夢想してみた次第である。この着想を、少し大事に育ててみたい。

 

 ZAZ ザーズのアルバム Paris (2015) からもう一曲、"Paris sera toujours Paris"「パリはいつもパリ」。1939年、モーリス・シュヴァリエ創唱、とか聞くと、正直、私は苦手ではあります。ともあれ、つまりこれは戦時中、灯火管制のしかれている中で作られた歌なのですね。

www.youtube.com

Paris sera toujours Paris !

La plus belle ville du monde

Malgré l'obscurité profonde

Son éclat ne peut être assombri

Paris sera toujours Paris !

Plus on réduit son éclairage

Plus on voit briller son courage

Sa bonne humeur et son esprit

Paris sera toujours Paris !

("Paris sera toujours Paris")

 

パリはいつもパリだろう!

世界一美しい都市

深い暗闇にもかかわらず

その輝きは曇ることがない

パリはいつもパリだろう!

 その灯りを暗くすればするほど

ますます輝くのが見える その勇気

その上機嫌、そのエスプリが

パリはいつでもパリだろう!

(「パリはいつもパリ」)