えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

『ゴッホ ――最後の3年』/ZAZ「行こう!」

『ゴッホ ――最後の3年』

 これまたフランスではないけれど。

 バーバラ・ストック『ゴッホ ――最後の3年』、川野夏実訳、花伝社、2018年

 文字通り、ゴッホの最後の3年(1888-1890)を描いた、オランダの伝記漫画。つまりパリから南仏へ移って以降、オヴェール・スル・オワーズに至るまで(ただし本当の最期は省略されている)。絵柄はどちらかと言うと単純、素朴なものであるが、その朴訥かつ落ち着いたトーンが、ゴッホの孤独な生涯とよくマッチしている(ように感じられる)。

 ゴッホは随所で写生を行ってゆき、実際に描かれた場所が次々に登場する(作品名が注釈で示されている)。それによって、作品の生まれていく過程を詳しく辿れることが、本作の第一のポイントであろう。彼はたくさんの書簡を残したことでも有名だが、本作では、その文面がたびたび引用されている。手紙による詳細な経過報告、および後の綿密な研究のお蔭で、ゴッホの過ごした日々はかなり詳細に辿ることができる訳だが、本作はそうした資料を元に画家の足跡を丁寧に追っている。さすが「ゴッホ美術館監修」だけのことはある。

 絵は売れず、弟のテオの援助に頼り切りなことを、フィンセントは負担に感じている。借りを返すためには絵を売らなければ(絵が売れなければ)ならず、そのためには、もっと絵がうまくならなければならない。ゴッホは愚直なまでに一途に絵を描き続ける。一方で、アルルの地に芸術家のコロニーを作るという夢を抱き、ゴーギャンを呼び寄せることを考える。この辺りから彼の精神は消耗しはじめているのだが、実際にゴーギャンとの共同生活が始まるに到って、そのストレスがどんどんと高まってゆくことになる。

 なにしろゴッホは一徹であり、ひたすらに自分の芸術の理想を語りつづけるが、ゴーギャンはといえば、基本的に自分のことしか考えておらず、絵が売れて金が入ったらまた南国に行きたいと思っていることを隠さない。二人の性格が相容れるわけはなく(というか、ゴッホと一緒にうまくやっていける人はそういないだろうと思われる)、ゴーギャンはアルルを去ろうとする。ゴッホの精神はついに負荷に耐え切れずに、発作へと至るのだが、この漫画を読んでいると、そうしたゴッホの精神のありようが、実によく、手に取るように理解できる。ここのところが第2のポイントとして挙げられるだろう。問題はゴッホの性格、その極端な理想主義と現実乖離、社会性の欠落にあるには違いないが、それでも、実直かつ一途に思いつめる彼の姿には胸を打たれるし、同情というか共感というかを抱かずに、読み進めることは難しい。

 発作の中で耳を切り落とすという事件のあった後、自ら病院に入り、悲嘆に暮れながら、それでもひたすらに絵を描きつづける姿が、淡々とした筆致で描かれてゆく後半部においては、画家の孤独と寂しさとがひしひしと感じられる。それでも、弟夫婦との触れ合い、そして絵を描くことの内に、安らぎと充足を見いだす姿が描かれている。最後は、「カラスのいる麦畑」の畑が見開き一杯に描かれた、印象的な画像で終わっている。

 ここに描かれるのは「炎の人」的な「狂気の天才」としての画家の姿ではない。そうではなく、実直で、不器用で、寂しがり屋で、ただただ自分の芸術の成長を願い、また信じつづけた、そういう人物としてのゴッホ像である。そう言ってよければ等身大の、一人の芸術家の姿である。作者は、あくまで人間的なゴッホの姿を、思いやりを込めて丁寧に描き出している。

 一読後、ゴッホの絵を、虚心に(というのは、能う限り美術史的なもろもろの概念を追い払って)、ただ自分の芸術に専念した一人の人間の作品として、もう一度見え返したいと思った。

 本書を読めば、ゴッホに対する親しみの増すこと間違いない。

 

 Zaz ザーズ、さらに遡ると、2013年のアルバム Recto verso(日本版は『Zaz~私のうた』)より、"On ira"「行こう!」。これはあれです。êtreと冠詞の終わった時点で、授業で聴いたりします。ここの vous は「あなたたち」ではないか、と思ったり。

www.youtube.com

Oh ! Qu’elle est belle notre chance,

Aux mille couleurs de l’être humain,

Mélangées de nos différences,

À la croisée des destins.

 

Vous êtes les étoiles, nous sommes l’univers,

Vous êtes un grain de sable, nous sommes le désert,

Vous êtes mille pages et moi je suis la plume,

Oh, oh, oh, oh ! Oh, oh, oh !

Vous êtes l’horizon et nous sommes la mer,

Vous êtes les saisons, et nous sommes la terre,

Vous êtes le rivage et moi je suis l’écume.

Oh, oh, oh, oh ! Oh, oh, oh !

("On ira")

 

Oh ! なんてラッキーなの

人間の無数の色合い

様々な個性が混じり合い

運命は交差する

 

あなたは星 私たちは宇宙

あなたは砂の粒 私たちは砂漠

あなたは何百ものページ 私は羽ペン

Oh, oh, oh, oh ! Oh, oh, oh !

あなたは水平線 私たちは海

あなたは四季 私たちは大地

あなたは浜辺 私は波の泡

Oh, oh, oh, oh ! Oh, oh, oh !

(「行こう!」翻訳:人見有羽子)