えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

引用つづき

佐藤春夫永井荷風読本』1936は以前にもひいた。あまり皆さんお読みでないようなので
さらに引いておく。『あめりか物語』について。

それに比べるとモウパッサンとツルゲーネフとのそれ(引用者注:影響らしいもの)、就中、前者の影や匂と思はれるものは篇々殆ど皆これを帯びてゐる。先生にこの事を伺つてみたが、先生は当時はじめてモウパッサンを読み出したのだからと、その影響があるのは当然と言はぬげに聞く者には感ぜられた。ツルゲーネフはといふ重ねての問ひには仏蘭西訳があるから読む事は読みました。と語気はモウパッサン程には感ぜられなかった。さうしてそれ以前に英訳によつてドオデイも大ぶん読みました。ドオデイが一番はじめでせう。ドオデイはアメリカへ行かない前から知つてゐました。モウパッサンはアメリカで読みはじめました。
『定本 佐藤春夫全集』35巻、臨川書店、2001年、319-320ページ。

モーパッサン原文で読みたさに夜学に通ってフランス語を学び始めた、という「モーパッサンの石像を拝す」の
一文は「創作」かもしれない、と私は疑っているのだけれど、その点でたいそう興味深い。


で、つづけてアンソロジーに選ぶ作品選択の話の中。「おち葉」についてのくだりから。

(前略)あんなのを採る位ならまだしも「夜の女」はどうであらう。小説といふのではなくほんの見聞録、観察記といふようなもので、モウパッサンにあんな体のものがあるのを知つて書いたものであるが、例の西遊日誌抄の女などを書いたものですよと、特に注意を与えて下さつたので、自分は早速読み返して見て自分の観賞力の到らないのを愧ぢた。
同書、321ページ。

「あんな体のもの」とはいったい何か。
「夜の女」の元ネタは『メゾン・テリエ』であるとは、河盛好蔵、伊狩章の説くところである。私は「翻案」
とは考えないけれど、とまれ荷風自身がモーパッサンの名を挙げている点でかなり貴重な証言です。