えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

ノー・マンズ・ランド

モーリス・ルブラン、『ノー・マンズ・ランド』、大友徳明訳、創元推理文庫、1987年
Le Formidable Evénement1920年雑誌『ジュ・セ・トゥ』掲載、翌年刊行の由。
英仏海峡に謎の竜巻出現で客船が次々沈没、という出だしはさながらパニック・サスペンス映画。
文字通り「驚天動地」の事態が出来して、シモン・デュボスクの冒険が始まるのであるが、
これがファンタスムだだ洩れ的な「愛の試練の物語」(訳者あとがき、291頁)で、
(「唯一の目的、それは、意中の貴婦人の愛を得るために闘う騎士のように、自分の名を高めることだ。」135頁)
その精神はまるで中世騎士道恋愛物語(にアメリカ・インディアンというエキゾチスムの味付け)。
最後はさながらゾンビ映画みたいで、大変なスペクタクルではあった。
処女地において、大動乱に乗じて刑務所から脱獄してきた悪党どもが狼藉の限りを尽くすという、
『三十棺桶島』(1919年)と並ぶような、凄惨というか殺伐とした世界が描かれていて、
第一次大戦がルブランのナイーヴな感性に与えた影響のほどを窺わせる。

強者の掟というやつだよ。警官もいなければ、裁判官もいない! 死刑執行人もいないし、ギロチンもないんだ! だから、気がねする理由はないというわけだよ。これまで社会的・道徳的に獲得してきたあらゆるもの、すべての繊細な文明は、瞬時にして消え去ってしまったんだ。残っているものといえば原始的な本能しかない。みだりに暴力を振い、人のものを奪い、怒りと欲望のおもむくままに人を殺そうとする本能しかね。かまうものか! ぼくたちは穴居時代にいるんだからね。ひとりひとりがうまく切り抜けるしかないんだ!(191頁)

戦争に直面することを通して、ルブランにとってもベル・エポックは終焉を迎えた。
その動揺と混乱の直接的な表明として、この小説は書かれたのだと思う。