えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

バール・イ・ヴァ荘

モーリス・ルブラン、『バール・イ・ヴァ荘』、石川湧 訳、創元推理文庫、1987年(18版)
『ジュルナル』、1930年連載。翌年ラフィットより刊行。
barre はここでは「砂州」とか「潮」の意味なので、これは「満ち潮荘」とでもいうんでしょうが、
それでは駄目ですわね。やっぱり。
『謎の家』に続いてテオドール・ベシゥー保安部班長の登場で、
おお読む順番間違ってるぜこりゃ。後の祭りだけど。
リュパンはラウール・ダヴナック子爵を名乗っている。
「ぼくの全生活、つまり現代史全体がそこにある」(18頁)コー地方を舞台に、
この度は古代ローマの遺跡(土墳)が問題となるところ、ここにも
ロマン主義趣味(変な言葉)がよく出ている。
ベルトランドとカトリーヌの美人姉妹の二人ともにリュパンが惚れ、
二人ともに愛されて、どちらかを選ぶことができない、というのはこれ
そういえばいまだ無かった展開だけど、いかにもいかにも、と思わせる。

 実のところ、かれはおそらく二人とも愛していたのである。そして一方は純粋で素朴、他方は悩ましく複雑な、その二人を愛しながらも、おそらくは、ただ一人の女を愛していたのだ――二つのちがう形をしているが、かれが全能力と全思想とをささげているところの、事件の女というものを。(161-162頁)

一方は未婚で、他方は既婚である、というのをつけ加えておいてあげてもよろしかろうな。
ま、それ以上は突っ込むまい。


素人判断であるけれど、恐らくリュパン・シリーズとは、
1905年のリュパン誕生から開戦前まで、第一次大戦中から戦後しばらくまで、
そして戦後から作者の死まで、とおよそ三期に分けられるのではないかと思う。
初期のディレッタントな怪盗紳士が、戦中戦後に愛国的陰の英雄にまで変貌した後、
平時に戻った時に、はたしてどこに落ち着くことができたのか。
(ある意味、そのままアフリカないし東洋に「進出」し続けるというのが、もっともリュパンらしい
生き方ではなかったか、と思ったりもするのであるけど、さすがにルブランもそうはしなかった。)
少なくとも、彼はもはやほとんど泥棒ではなく、もっぱら難事件解決と人助けに活躍するので、
これは怪盗紳士というより、(都会の)冒険家とでも呼ぶほうが似つかわしい。
さんざん悪態つかれて哀れなベシゥーと、なんだかんだ言いつつリュパンが共同で働くのも
つまりはそのような彼の社会における立ち位置の変化に呼応していよう。
これまた意地悪い言い方をすると、「毒を抜かれた」ようにも見えなくはない。
(とりあえず設定に従えば、リュパンだってもう50代半ばなのだから、そういうのは酷かもしれぬ。)
なんにせよ、1930年には既にメグレ警視も誕生しているわけで、時代ははっきり変わっていた、
というようなことを、つらつらと考える。