えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

シャンソン・ヴァリエテ

『寛容論』の中の日本人/ザジ「すべての人」

キリスト教徒がお互いに寛容でなければならないのを立証するには、ずば抜けた手腕や技巧を凝らした雄弁を必要としない。さらに進んでわたしはあなたに、すべての人をわれわれの兄弟と思わねばならないと言おう。なに、トルコ人が兄弟だと、シナ人、ユダヤ人…

『時制の謎を解く』/ジョイス・ジョナタン「今時の女の子たち」

フランス語には時制が多い。それは確かに認めざるをえない事実だ。複合過去に半過去に大過去に前過去があって、前未来ってなんだっけ……、というのは学習者が一度は通らなければならない道だろう。 それにしてもなんでこんなに多いんだ、と多くの人が一度は疑…

『風から水へ』/クロ・ペルガグ「凶暴サタデーナイト」

縁あって拙著を出版していただいた水声社の社主の(インタビューによる)回想 鈴木宏『風から水へ ある小出版社の三十五年』、論創社、2017年、を読む。 とくに後半では学術関連の書籍出版の実態が詳しく語られていて、私も他人事とは言えないのでたいへん興…

『ファントマ』書評/クロ・ペルガグ「磁性流体の花」

ご縁あって『図書新聞』第3321号(2017年10月7日)に、ピエール・スヴェストル、マルセル・アラン『ファントマ』、赤塚敬子訳、風濤社、2017年の書評を書かせていただく。せっかくなので、冒頭の2段落を引用。 犯罪大衆小説の古典、本邦初の完訳 シュルレア…

「十九世紀における小説の進化」/ジョイス・ジョナタン「幸福」

昨日はモーパッサンの誕生日。 それより数日前に翻訳を一つ仕上げる。 モーパッサン 『十九世紀における小説の進化』 また文芸論を訳してしまった。 『1889年万国博覧会誌』に載ったこの記事には挿絵が2枚あって、1枚はこのルイ・ブーランジェによるバルザッ…

BD『青い薬』/ヴァネッサ・パラディ「ラヴ・ソング」

フレデリック・ペータース『青い薬』、原正人訳、青土社、2013年 原著の刊行は2001年。これは、好きになった女性(とその連れ子)がエイズ患者だった男性の物語であり、本書は、90年代以降に書かれるようになった自伝的BDの代表作の一つに数えられているとい…

BD『ムートン(羊)』/ヴァネッサ・パラディ「ミ・アモール」

Zeina Abirached, Mouton, Cambourakis, 2012. 『オリエンタルピアノ』がすごく良かったので、同じ著者の別の本を覗いてみた。 ゼイナ・アビラシェドの『ムートン(羊)』は、正確にはBDというよりも絵本であり、もともとは、国立高等装飾美術学校在籍時に制…

BD『タンタン ソビエトへ』カラー版/ザジ「私はそこにいた」

2017年はロシア革命100周年にあたるが、それを記念して(?)『タンタン ソビエトへ』がフルカラーとなって刊行された。 Hergé, Les Aventures de Tintin reporter chez les Soviets, Casterman, Editions Moulinsart, 2017. タンタンの冒険シリーズの最初の…

BD『ペルセポリス』第1巻/ヴァンサン・ドゥレルム「僕は今晩死にたくはない」

マルジャン・サトラピ『ペルセポリスI イランの少女マルジ』、園田恵子訳、バジリコ株式会社、2005年(2014年第8刷) 原作(1, 2巻)が2001-2002年に刊行された時は、ラソシアシオンという独立系出版社による刊行、(従来のフルカラーとは違う)白黒の画像…

BD『星の王子さま』/パトリシア・カース「アデル」

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ原作、ジョアン・スファール作『星の王子さま』、池澤夏樹訳、サンクチュアリ出版、2011年(2015年第2刷) 今さら言うまでもなく、『星の王子さま』の原作には著者サン=テグジュペリ自身の手になる挿絵が添えられてお…

BD『エロイーズ』/ザジ「エートルとアヴォワール」

ペネロープ・バジュー&ブレ『エロイーズ 本当のワタシを探して』、関澄かおる訳、DU BOOKS、2015年 はじめブログで評判になったこの著者の翻訳としては、先にアラサー女性の冴えない日常を自虐的に1話1頁で綴った、 『ジョゼフィーヌ!』、関澄かおる訳、DU…

BD『ポリーナ』/ザジ「愛の前に」

一言で言えば、とっても絵が上手。 バスティアン・ヴィヴェス『ポリーナ』、原正人訳、小学館集英社プロダクション、2014年 1984年生まれのこの作者には先に出世作の 『塩素の味』、原正人訳、小学館集英社プロダクション、2013年 の翻訳があり、カラーの画…

抹消された α と β /イズィア「波」

2月11日(土、祝)は関西マラルメ研究会@京都大学文学部仏文研究室。4名。 「部屋からの外出」に関する草稿の内のアルファ稿、およびベータ稿の途中まで。プレイヤッド版では851-853ページ。 閉まるドア、振り子の音、廊下、磨かれた壁に映る影、螺旋階段、…

BD『かわいい闇』/ストロマエ「パパウテ」

この作品を好きだと言う自信も、そのつもりもまったく無いのだけれど、一読、その気色悪い感触が尾を引くことは確かな、どうにも無視できない作品である。 マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン作、ケラスコエット画『かわいい闇』、原正人訳、河出書…

モーム「赤毛」/イェール「子どものように」

「雨」の次は「赤毛」である。これまた嫌な話ではあるのだが、しかし完成度という点では、私は「雨」よりもこちらを取りたいと思う。 舞台はサモアの小さな島。まず、語りの順序とは無関係に話の要点を簡略に記せば、おおよそ次のようになるだろう。 アメリ…

BD『オリエンタルピアノ』/ジュリアン・ドレ「崇高にして無言」

こんな作品にいち早く目を止めて、翻訳・紹介できたらきっと誇らしいだろうと、そんな風に思わせる作品が時々あるものだが、この ゼイナ・アビラシェド『オリエンタルピアノ』、関口涼子訳、河出書房新社、2016年 は、私にとってまさしくそうした一冊である…

モーム「雨」/ミレーヌ・ファルメール「ブルー・ブラック」

考えてみるまでもなく、モーパッサン好きがモームを好きにならないはずもない、というものなのだが、これまで読む機会がなかったサマセット・モームをできるだけ読む、というのが私の今年の目標である。 サマセット・モームは1874年に生まれ(ヴァレリーより…

BD『神様降臨』/ジュリアン・ドレ「湖」

翻訳BDの中で、ニコラ・ド・クレシーに次いで名を挙げたいのは、マルク=アントワーヌ・マチューである。彼の作品でこれまでに翻訳されたものとしては、まず、これもルーヴル美術館BDプロジェクトの一環を成している 『レヴォリュ美術館の地下 ある専門家の…

BD 『氷河期』/ -M- 「オセアン」

フランスの漫画ことBD(ベーデーであって、ブルーレイディスクではない)が日本に積極的に紹介されるようになって、もう6、7年は経っているだろうか。これは、有能で熱意のある紹介者が何人かいれば、状況を変えることができるという見事な実例であり、その…

ナボコフ、フロベールと5、6冊の本/クロ・ペルガグ「カラスたち」

「どうしたら良き読者になれるか」、というのは「作家にたいする親切さ」といっても同じだが――なにかそういったことが、これからいろいろな作家のことをいろいろと議論する講義の副題にふさわしいものだと思う。なぜなら、いくつかのヨーロッパの傑作小説を…

『フランス文学は役に立つ!』/ZAZ「シャンゼリゼ」

鹿島茂『フランス文学は役に立つ!』、NHK出版、2016年を読む。 「役に立つか立たないか」という功利主義的な発想は、えてして短絡的で底が浅いものである。したがって、「役に立つか」というような問いを安直に立てないような人になるためにこそ、文学は有…

愛国主義という卵/ミレーヌ・ファルメール「City of Love」

目下、モーパッサンと戦争について考え直す、という論文を執筆中。そこでふと思い出したのが、モーパッサンの名言として巷に流布しているらしい言葉である。 「愛国主義という卵から戦争が孵化する」というのがそれなのだが、これまできちんと調べたことがな…

純粋自我みたいな何か/ヴァネッサ・パラディ「あなたを見るとすぐに」

1月21日(土)関西マラルメ研究会@京都大学人文科学研究所、の3階の談話室には「以文会友」の額(が外して立てかけてあった)。出典は『論語』「顔淵 第十二」の24である、と。 曾氏曰く、君子は文を以て友を会し、友を以て仁を輔く。 曾先生の教え。教養人…

BD版『セルジュ・ゲンズブール』/「唇によだれ」

フランソワ・ダンベルトン原作・アレクシ・シャベール漫画、『セルジュ・ゲンズブール バンド・デシネで読むその人生と音楽と女たち』、鈴木孝弥訳、DU BOOKS、2016年を読む。 ゲンズブールの伝記としては先にジョアン・スファール監督の Gainsbourg (Vie hé…

映画『マドモワゼル・フィフィ』/クリスチーヌ&ザ・クイーンズ「サン・クロード」

本日、映画『マドモワゼル・フィフィ』を(フランス版のDVDで)鑑賞。1944年、ロバート・ワイズ監督。シモーヌ・シモン主演。 「脂肪の塊」と「マドモワゼル・フィフィ」をくっつけて一本の作品にするという発想は、クリスチャン=ジャックの『脂肪の塊』(1…

「持参金」、あるいは結婚詐欺/クリストフ・マエ「人形のような娘」

「持参金」は1884年9月に『ジル・ブラース』に掲載。シモン・ルブリュマン氏はジャンヌ・コルディエ嬢と結婚することになる。ルブリュマン氏は公証人の事務所を譲りうけたばかりで支払いが必要だが、新婦には30万フランの持参金があった。 新婚夫婦は二人き…

「痙攣」、あるいは早すぎた埋葬/クリストフ・マエ「パリジェンヌ」

「痙攣」は1884年7月に『ゴーロワ』に掲載。舞台は温泉保養地のシャテルギヨン。モーパッサンは自ら湯治のために、この地に最近に訪れていたようである。また、新聞小説において説明抜きの語り手「私」は、容易に署名者=作家と同一視されえたから、初出時に…

「ロンドリ姉妹」、あるいは南国の女/アブダル・マリック「ダニエル・ダルク」

「解説」で触れられているように、モーパッサンには長編(新聞連載の後に単行本)と短編(新聞一回読み切り)の間に、中間の長さの作品が複数存在している。その多くは短編集編纂の際に核となる作品(そのタイトルが作品集のタイトルになる)を書き下ろした…

「散歩」、あるいは人生の空虚/テテ「君の人生のサウンドトラック」

「散歩」は1884年5月、『ジル・ブラース』に掲載された作品。 40年間、実直に会社に勤めていた男性、ルラが、ある春の宵、陽気に誘われるようにして街に出る。凱旋門の近くの店のテラス席で食事をとり、さらにブーローニュの森まで散歩することに決める。行…

なぜ傘が要るのか/テテ「歓迎されない人」

モーパッサンの短編「傘」についての補足。 この小説を今の目で読んでよく分からないのは、そもそもオレイユ氏はなぜ毎日職場へ傘を持って通勤しているのか、ということである。ここ数日雨が降っていたから、というわけではない。 雨が降っていなかったのは…