えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

食後叢書の後裔?

それはともかく、さらに驚いたことが実はある。
Kさんはプロジェクト・グーテンベルクの中のモーパッサン英訳で
"Kind girls" を確認した、とおっしゃるのである。
最初はふーん、と思っただけながら、よく考えるとそれってどういうことですか。
Free ebooks by Project Gutenberg - Gutenberg
に、8巻本からなるThe Works of Guy de Maupassant
が存在することは私も知っていながら、ぱっと見ただけでは典拠が分からず、
どうせ胡散臭い版だろう、と思って中身を確認していなかった。
しかし、そこに "Kind girls" が入っており、"Virtue !" ではない、ということは
何を意味しよう。
The Works of Guy de Maupassant, 8 vol., New York, National Library Company
は、Copyright, 1909, by Bigelow, Smith & Co.
と、ダウンロードしてみれば書いてある。
6,7巻が欠けているようで惜しいのではあるけれど、これを片っ端から見てゆけば
あらびっくり。
中身は「食後叢書」そのままなのである。
Worksの1巻は「食後」の1巻と2巻。
2巻は、3巻と4巻と5巻の途中まで。
3巻は、5巻と6巻と7巻の途中。
4巻は、7巻から9巻までと10巻の途中
5巻は、『女の一生』に加えて、10巻と11巻の途中、
飛んで
8巻は『ピエールとジャン』に加えて、11巻と12巻(全部ではない)。
題名も並び順も、「食後叢書」そのまんま、12巻あったのを
8巻(実質6巻)に収めたのが、この「モーパッサン作品集」の正体なのだ。
The works of Guy de Maupassant, New York : Printed privately for subscribers only
というのがWebcatに挙がっていて、出版年は1909年と同じである。
予約購読者に配ったもの、というから新聞社か雑誌社のものだろう。
これによると6巻は『ベラミ』他、7巻は『モントリオル』他なので、
漏れている幾つかの短編は恐らくそこに入っているだろう。


「食後叢書」はロンドンの Mathieson 出版で翻訳は R. Whitling(10巻まで)
となっている。Bigelow, Smith & Companyが堂々と版権を主張している
のは、一体これ、どげんことなんでしょうか。
なんだかよく分からない。
しかしまあグーテンベルクよ、胡散臭いとか思って悪かった。あんたは偉い。


つまりどういうことかと言うと、
モーパッサンの偽作66編はとっくの昔に電子テクスト化されて
世に出回っていたのである。画像じゃなくてもろテクストなので
便利なことこの上ない。
そして、そのお陰によってたちまち解決したことが、少なくとも2点。
1「食後叢書」中の偽作品の同定。きっちり66編、ダンスタンとの照合もばっちり。
 偽作は4巻から9巻の間で、10巻は何故か無事。
 別人ハニガンの翻訳による11巻、12巻も無傷。
2「食後叢書」中の真作の原作同定。
 タイトル違いでよう分からんまま放ってあったのも、これで解決。
 11巻で胡散臭かった "Mother and daughter"は "Yveline Samolis" で、
 12巻で胡散臭かった "An umcomfortable bed" は
  "La Farce, mémoire d'un farceur"
 (の前半だけ)と分かって、ああすっきり。
 牧さん見てますか。そうなんですよ。


そしてまあ、「食後叢書」を複製してばらまくことによって
偽作の普及に尽力してしまったのは、ダン
(ないしダンストン、ないしダンスタン。あ、懐かしい)ばかりでは
必ずしもなかった、ということが判明するのである。
1909年は明治42年。
このニューヨークの版も日本に入ってきたかどうかは定かではない
けれど、「食後」、ダンスタン以外の翻訳の存在、というのは、
やはり日本移入史においては、もう少し調査する必要がありそうだ。


そういうわけで、本題とは別のところで、
これまたKさんにはお礼申し上げねばなりません。