えとるた日記

フランスの文学、音楽、映画、BD

鹿島茂選「フランス文学の古典名作20冊」/ZAZ「小娘」

『古典名作 本の雑誌』

 フランス文学入門者向けの作品リスト、のようなものを作りたい、としばらく前から思いつつもまだ果たせないでいる。理由はいろいろある。あくまで王道を行くなら古いところを中心にして、あっという間に20も30も書名が上がるが、それでは今時の入門向けとしては硬派にすぎよう。私はクラシックな人間(ものは言いよう)だから、フランス文学の金字塔はラシーヌ『フェードル』に尽きる、と思っていたりするのだが、翻訳書を前提とした入門者向け、という条件では、こういうのも入れる訳にはいくまい。

 一方では身も蓋もなく、「読んでない」という壁も立ちはだかる。とりわけ私は20世紀のものに弱い。もちろん、読んでいなくたってリストぐらいは作れる。そのへんの理路については、

ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』、大浦康介訳、ちくま学芸文庫、2016年

に詳しいが、しかし今は、文学の授業をいかにはったりで乗り切るか、という話ではないのであって、つまり見栄を張っても仕方ない。しかし、読んでないものは入れないとなると、当然ながら選択肢がかなり狭められる。それを避けるためには読むしかないのだが、そんなことを言っていてはいつまで経ってもリストなど作れまい。

 とか、ぐだぐだ言っているからいけないので、いずれ何とかしたいものだと思うのだけれど、それはそれとして、はて、世にそういうリストはすでに存在しないものだろうかと思いもする。きっと色々あるに違いない。

 そういう状況の中、すでに旧聞に属するかもしれないが、

本の雑誌編集部編『古典名作 本の雑誌』、本の雑誌社、別冊本の雑誌19、2017年

が刊行された時には、おお、これぞ私の探していたものと欣喜雀躍の気分であった。

 さて、その中のフランス編を担当しているのは鹿島茂先生である。それはよい。しかしながら、そのタイトルが「寝取られ、逸脱、フェティシズム。性にあけすけな豊潤文学選」とあるのは、一体どうしたことなのか。「おもに、ラブレーの先輩や後輩や末裔たちの作品から選んだゴーロワ(性にあけすけな)文学全集である」(17頁)って、うーむ、今さらにそこを突っ込んできますか、と思ってしまうセレクションではあるまいか。

 しかしさすがは鹿島先生と言うべきなのは、そのリストの中身の濃さである。艶笑譚といえばモーパッサンも幾つも書いているが、そんな平凡なものはこのリストには挙がっていない。ぜひその見事さを多くの方に知っていただきたいと思うので、以下に引用させて頂きます。書籍に掲載のものに、出版年を追加しました。

 さあ、あなたは幾つご存じでしょうか?

鹿島茂選「フランス文学の古典名作20冊」

 

1. ギヨーム・ド・ロリスジャン・ド・マン『薔薇物語』、篠田勝英訳、平凡社、1996年

2. ギヨーム・ブーシェ『夜話集(抄)』、鍛冶義弘訳、『フランス・ルネサンス文学集2 笑いと涙と』所収、白水社、2016年

3. フランソワ・ド・ロセ『悲劇的物語(抄)』、平野隆文訳、『フランス・ルネサンス文学集2 笑いと涙と』所収、白水社、2016年

4. ベロアルド・ド・ヴェルヴィル『出世の道』、三宅一郎訳、作品社、1985年

5. シャルル・ソレル『フランシヨン 滑稽物語』、渡辺明正訳、国書刊行会、2003年

6. ポール・スカロン『滑稽旅役者物語』、渡辺明正訳、国書刊行会、1993年

7. ラ・フォンテーヌ『ラ・フォンテーヌの小話』、三野博司・木谷吉克・寺田光徳訳、現代教養文庫、1987年

8. ル・サージュ『ジル・ブラース物語(全4巻)』、杉捷夫訳、岩波文庫、1953-1954年

9. レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ『ムッシュー・ニコラの幼少時代』、佐分純一訳、講談社世界文学全集16、1977年

10. ドゥニ・ディドロ『お喋りな宝石』、新庄嘉章訳、有光書房、1969年

11. クレビヨン・フィス『ソファー』、伊吹武彦訳、世界文学社、1949年

12. コント・ド・ミラボオ『フランス一の伊達男』、松村義雄訳、現代文化社、1952年

13. バルザック『艶笑滑稽譚(全3輯)』、石井晴一訳、岩波文庫、2012-2013年

14. アルフレッド・ド・ミュッセ『ガミアニ』、須賀慣訳、晶文社アフロディーテ双書、2003年

15. ピエール・ルイス『女と人形』、生田耕作訳、晶文社アフロディーテ双書、2003年

16. エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵『夢の操縦法』、立木鷹志訳、国書刊行会、2012年

17. レーモン・ルーセル『アフリカの印象』、岡谷公二訳、白水社、2007年

18. ルイ=フェルディナン・セリーヌ『夜の果てへの旅(上下)』、生田耕作訳、中公文庫、2003年

19. ミシェル・ウエルベック素粒子』、野崎歓訳、ちくま文庫、2006年

20. カトリーヌ・ミエ『カトリーヌ・Mの正直な告白』、高橋利絵子訳、早川書房、2001年

(『古典名作 本の雑誌』、本の雑誌社、別冊本の雑誌19、2017年、18頁)

 どうでもいいが、このうち今現在、私が所持している(読んだ、ではない)のは4, 7, 8, 13, 14, 18, 19 の7作品のみで、半分にも満たない。まことに恐れ入るばかり。

 まさしく「へー、こんな本まで!」(17頁)訳されているのか、と唸ってしまう「翻訳大国」日本の面目躍如(なのか)なこのリスト。これはかなり上級編ではないの、と思わなくもないが、ぜひこのリストをご参考に、かくも豊穣なフランス文学の、めくるめくエロスの世界(?)に分け入られる方のいらっしゃることを期待したい(と、書いてはみたが、そんなことを期待しなくてもいいか)。

 

 脈略は一切なく、ZAZザーズ、本日も2013年の Recto verso より、"Gamine"「小娘」。

www.youtube.com

Ça me fait mal

Ça me brûle à l'intérieur

C'est pas normal

Et j'entends plus mon cœur

C'est des histoires

Pour faire pleurer les filles

Je n'ose y croire

Je ne suis plus une gamine

("Gamine")

 

苦しいわ

内側から焼けるよう

普通じゃないわ

心臓の鼓動も聞こえないの

そんなの作り話よ

女子を泣かすためのね

信じられないわ

もう私は小娘じゃない

(「小娘」翻訳:人見有羽子)